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京都地方裁判所 昭和61年(わ)108号 判決 1987年3月18日

本籍

京都市伏見区桃山水野左近西町一〇番地の一

住居

同市右京区竜安寺玉津芝町二三番地

会社役員

松井宏次

昭和一三年六月三〇日生

右の者に対する相続税法違反被告事件について、当裁判所は検察官肱岡勇夫、弁護人(私選)前堀克彦、同三木善続、同前堀政幸、同環直彌各出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金一億二〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、松井利一の長男であるが、全国同和対策促進協議会京都府連合会本部会長笠原正継、同連合会本部事務局長黒宮功、司法書士大西勝則らと共謀の上、実父の右松井利一が昭和五九年四月九日死亡したことに基づく自己の相続財産にかかる相続税については納税義務者として、自己の実妹友田史江、同小泉敏恵、自己の長男で右松井利一と養子縁組をした長男松井宏一郎、同二男松井啓二郎及び同三男松井利治の各相続財産にかかる相続税については各納税義務者の代理人として相続税の申告をするに当り、相続税を免れ若しくは免れさせようと企て、被告人の実際の相続財産の課税価格が三億五、四八一万七、一九七円で、これに対する相続税額は一億九、三八三万二、五〇〇円であり、右友田史江の実際の相続財産の課税価格が一億一、三六九万九、六六四円で、これに対する相続税額は六、一六二万九、〇〇〇円であり、右小泉敏恵の実際の相続財産の課税価格が一億一、三六九万九、六六四円で、これに対する相続税額は六、一六二万九、〇〇〇円であり、右長男松井宏一郎の実際の相続財産の課税価格が三億二、四三七万一、六七八円で、これに対する相続税額は一億七、六七八万四、二〇〇円であり、右二男松井啓二郎の実際の相続財産の課税価格が二億八、八九六万九、三二〇円で、これに対する相続税額は一億五、七八三万七、九〇〇円であり、右三男松井利治の実際の相続財産の課税価格が二億八、一六四万三二一円で、これに対する相続税額は一億五、三八〇万一、八〇〇円であるにもかかわらず、被相続人の右松井利一が全国同和対策促進協議会京都府連合会本部(会長笠原正継)から一一億三、二〇〇万円の債務を負担しており、被告人においてそのうち三億二〇〇万円を、右友田史江においてそのうち五、五〇〇万円を、右小泉敏恵においてそのうち五、五〇〇万円を、右長男松井宏一郎においてそのうち二億六、六〇〇万円を、右二男松井啓二郎においてそのうち二億三、〇〇〇万円を、右三男松井利治においてそのうち二億二、四〇〇万円をそれぞれ承継したと仮装するなどした上、同年一一月一〇日、京都市伏見区鎚屋町所在所轄伏見税務署において、同署長に対し、被告人の相続財産の課税価格が六、〇三〇万四、四三一円で、これに対する相続課税額は二、四九七万七、六〇〇円であり、右友田史江の相続財産の課税価格が五、八六九万九、六六四円で、これに対する相続税額は二、四三九万八〇〇円であり、右小泉敏恵の相続財産の課税価格が五、八六九万九、六六四円で、これに対する相続税額は二、四三九万八〇〇円であり、右長男松井宏一郎の相続財産の課税価格が六、一五五万四、四九八円で、これに対する相続税額は二、五七〇万九、二〇〇円であり、右二男松井啓二郎の相続財産の課税価格が六、二一五万二、一三九円で、これに対する相続税額は二、五六四万九、二〇〇円であり、右三男松井利治の相続財産の課税価格が六、〇八二万三、一四〇円で、これに対する相続税額は二、五〇〇万一、五〇〇円である旨の内容虚偽の相続税の申告書を提出し、もって不正の行為により被告人の右相続にかかる正規の相続税額一億九、三八三万二、五〇〇円との差額一億六、八八五万四、九〇〇円を免れ、かつ右友田史江をして右相続にかかる正規の相続税額六、一六二万九、〇〇〇円との差額三、七二三万八、二〇〇円を、右小泉敏恵をして右相続にかかる正規の相続税額六、一六二万九、〇〇〇円との差額三、七二三万八、二〇〇円を、右長男松井宏一郎をして右相続にかかる正規の相続税額一億七、六七八万四、二〇〇円との差額一億五、一〇七万五、〇〇〇円を、右二男松井啓二郎をして右相続にかかる正規の相続税額一億五、七八三万七、九〇〇円との差額一億三、二一八万八、七〇〇円を、右三男松井利治をして右相続にかかる正規の相続税額一億五、三八〇万一、八〇〇円との差額一億二、八八〇万三〇〇円をそれぞれ免れさせたものである。

(証拠の標目)

一  証人大西勝則、同笠原正継、同稲石文男、同黒宮功、同松井マサ、同松井啓子の当公判廷における各供述

一  大蔵事務官作成の証明書及び脱税額計算書

一  安東謙の検察官に対する供述調書(謄本)

一  京都市伏見区長作成の戸籍謄本(二通)

一  友田史江、小泉敏恵、松井マサ(二通)、松井啓子(二通)、藤本昇(二通)、稲石文男(謄本)、大西弘一(謄本)、笠原正継(謄本)及び黒宮功(謄本、二通)の検察官に対する各供述調書

一  被告人の検察官に対する供述調書(九通)

一  被告人の当公判廷における供述

(補足説明)

一  被告人及び弁護人は、被告人には本件申告につき不正な行為により脱税するとの認識がなかった旨主張するので、以下検討する。

(一)  前掲各証拠によれば、次の事実が認められる。

1 被告人は、大阪大学工学部を卒業し、更に同大学大学院を修了した経歴を有し、昭和五七年からはマツイカガク株式会社の代表取締役となり、事業税一般の知識を有するとともに、自己の所得税についても自分で計算して申告していた。

2 被告人は、父松井利一が昭和五九年四月九日死亡したことから、マツイカガク株式会社の会計事務等を担当していた林隆(経理士、税務代理士)事務所の事務職員藤本昇に遺産額の確定や各相続人への配分案作り等を依頼して、同人とともに本件相続税の計算をし、右松井利一の配偶者である松井マサの相続分を二分の一とし、相続財産額が二一億円とすると税額は約五億九〇〇〇万円になり、右額を一九億円とすると約五億二〇〇〇万円の税額となること及び松井マサの相続分を除外すると税率が五〇パーセント以上になることを知り、その後、右藤本と協議するなどして、配偶者特別控除の利点を考慮して、配偶者の松井マサの相続分を法定相続分である二分の一とし、更に相続土地の評価をできうる限り低くし、結局相続財産額を総額一八億三七五九万余円と評価し、その場合の相続税額が五億二二二万余円となる旨の申告書の作成を右藤本に依頼した。被告人は、右により、本件相続税についてのおおよその正当税額を知り、又被相続人の配偶者の相続分が減少すれば、特別控除分が減少し、相続税が右金額以上になることを認識した。

3 一方、マツイカガク株式会社の登記関係等の仕事をしていた司法書士の大西勝則は、被告人らの相続税の申告手続きを判示同和団体の笠原らに依頼し、同人らによる不正な申告により脱税し、これにより自己も不正な利益を得ようと考え、笠原らの同和団体に依頼することは被告人に秘したうえで、被告人に脱税を勧誘しようとした。

4 昭和五九年一〇月初旬ころ、被告人は右大西から「相続税の申告のことは自分に任せてくれ。自分の知っている偉い先生に申告を依頼すれば、税務署と事前に折衝してくれて事後の調査もなく、有利になる。」旨言われ、大西に依頼すれば前記約一八億円の相続財産額の評価がそのまま税務署に認めてもらえるものと考え、同月五日、右藤本に対する相続税の申告依頼を断り、同月六日、右大西に相続税の申告手続きを依頼した。

5 昭和五九年一〇月二五、二六日ころ、被告人は大西から、「税金は三億五〇〇〇万円で話がついた。税金の総額は右金額で決まっているから、相続割合はどのように変えてもよい。この際、お母さんの持ち分を五、六億円減らしてそれを他の相続人に回したらどうや。」と言われ、右大西の示唆により配偶者松井マサ相続分のうちから約五億八〇〇〇万円を他の相続人に振り分け相続させたうえ、その旨の本件申告を右大西に依頼し、右大西から依頼を受けた前記笠原及び黒宮によって本件申告がなされるに至った。

(二)  ところで、被告人は「大西に依頼して税額が三億五〇〇〇万円になったのは、偉い先生、即ち税務署に対して力のある人の力により相続土地の評価額が下がったことによるもので、従って不正な行為によって脱税したものとは思っていなかった」旨供述するが、前記認定の被告人の税に関する知識の程度、被告人が前記藤本とできうる限り低く土地の評価をしたものであること、税額が一億五〇〇〇万円低くなるためにはそれ以上評価額が下がらなければならないことなどに照らせば、被告人においてそのようなことが正当な方法によっては不可能であること、即ちなんらかの不正な方法により税額が下がったことは十分認識していたものと認められる。更に配偶者松井マサの相続分を約五億八〇〇〇万円減額しても税額は三億五〇〇〇万円で変わりがないというようなことが不正な方法によらずには不可能であることを被告人が認識していたことは前記認定の被告人の税知識からして明らかである。

以上のように、被告人は不正な行為により脱税することを認識していたものと認められるから弁護人らの前記主張は採用できない。

二  また、弁護人は被告人には本件脱税額が約六億五五〇〇万円であることの認識がなかったものであり、認識のあった範囲でのみ犯罪が成立する旨主張するが、相続税法六八条の脱税の犯意は特定の者の相続税につき脱税するとの認識があれば足り、それ以上に具体的な脱税額についての認識までは要しない、従って脱税を共謀した共犯者において被告人の意図した以上の額の脱税行為をなし、被告人の犯意と結果との間にくいちがいが生じたとしても、脱税額全額について被告人の犯意はあるものと解すべきであるところ、前掲各証拠によれば、被告人は、前記藤本と計算した約五億円の税額と大西のいう三億五〇〇〇万円の税額との差額約一億五〇〇〇万円及び松井マサの相続分を変更することによって増加した税額分(その額がいくらになるか具体的に計算していないとしても、右変更により右約五億円を越えて増額した相続税を脱税するということ及びそのおおよその額は認識していたものである。)について脱税することを十分認識していたものと認められるから、共犯者大西らにおいて、それ以上の額(右三億五〇〇〇万円と約一億五〇〇〇万円との差額約二億円を含む脱税額)の脱税行為をしたとしても、本件相続税に関し脱税することを大西らと共謀した以上、被告人についても全額の脱税につき犯意があり、判示のとおりの相続税法違反の罪が成立するというべきである。

(法令の適用)

罰条 刑法六〇条、相続税法六八条、七一条一項

労役場留置 刑法一八条

執行猶予(懲役刑につき)刑法二五条一項

(量刑の事情)

本件は、被告人が大西らと共謀の上、正規の税額が合計約八億五〇〇万円であるところ、約一億五〇〇〇万円しか申告納付せず、約六億五五〇〇万円の相続税をほ脱したというものであり、そのほ脱額が多額であるばかりか、ほ脱率も約八〇パーセントと高率であり、その犯行態様も総額一一億円以上の架空の借り入れ金を計上するなど悪質なものであり、被告人の刑事責任は重大であるといわざるを得ず、被告人に対しては懲役刑についても実刑をもって臨むことも十分考えうるところである。しかしながら、被告人は前記のとおり脱税総額につき正確には認識していなかったこと、本件は当初正規の納税をしようとしていた被告人が、脱税により多額の不正な利益を得ようとした大西の巧妙な働きかけによりなされるに至ったものであり、特に大西の勧めにより松井マサの相続分を減らしたことにより脱税額がより多額となったものであること、総額約八億円の相続税の本税、約一億八千万円の重加算税、約七千万円の延滞税等を支払っていること、笠原が利得した金員の相当額が返還されていないこと、被告人は本件の発覚により既に一定の社会的制裁を受けており、又本件同種の前科及び一般前科のないこと、本件のごとき不正な申告をした笠原らに対する税務当局の対応にも問題の存することなどをも考慮すると、主文のとおりの罰金刑を科することにより懲役刑についてはその執行を猶予するのが相当であると思料した。

よって主文のとおり判決する。

(裁判官 松丸伸一郎)

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